沖縄科学技術大学院大学(仮称)整備事業に係る環境影響評価準備書」に関する意見書
平成18年4月10日
独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構 理事長 シドニー・ブレナー 殿
日本植物分類学会 会長 邑田 仁
「沖縄科学技術大学院大学(仮称)整備事業に係る環境影響評価準備書」に関する意見書
独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構の「沖縄科学技術大学院大学(仮称)整備事業に係る環境影響評価準備書」に関して下記の通り意見書を提出します。
今回の事業で沖縄島北部の恩納村に約 80ha の大学院大学のキャンパスを建設する計画が広告縦覧されました。2005年に公表された「沖縄科学技術大学院大学(仮称)整備事業に係る環境影響評価方法書」と比べると、事業計画の規模や内容が具体的に示され、環境に与える影響が予測できるようになってはいるものの、事業の実施が生物相や生態系に与える影響は依然として重大だと思われます。この一帯は特異な生物相を誇る「ヤンバルの森」と比べると、人間活動の影響をより強く受けている場所で、これまでこの地域の生物相や生態系の重要性は見過ごされてきたように思われます。ヤンバルを中心に生育する固有植物種や国内での自生地が限られる植物種にとって、この地域は沖縄島での南限になるという点で価値があるばかりでなく、ヤンバルに見られない特殊な環境がこの地域に見られることから、事業予定地域は貴重種が集中するきわめて重要な地域であると考えられ、当学会としては建設計画の大幅な縮小あるいは変更を要望します。
琉球列島はアジア大陸の東縁に位置し、地質時代を通じて何度も大陸とつながったり離れたりした特異な地史をもつため、大陸から渡ってきた生物が取り残されたり、新たな進化をとげたりして、世界中でもここだけにしかみられない数多くの動植物が分布しております。その琉球列島の動植物相の中核的な位置を占めるのが沖縄島北部に広がる「ヤンバルの森」です。
「ヤンバルの森」は、オキナワジイとオキナワウラジロガシを主体とする世界でも稀な亜熱帯雨林ですが、建設予定地一帯は人為的な影響を受けているものの、谷部には「ヤンバルの森」の植生がよく保たれている地域です。また、尾根部の乾燥地には北部3村の狭義の「ヤンバルの森」に見られないリュウキュウチク-オオマツバシバ群落が発達し、その中に点在する貧栄養の湿地には「ヤンバルの森」には産しないカガシラ、マネキシンジュガヤ、マシカクイ、トラノハナヒゲ、ケスナヅル、ナガバアリノトウグサ、タチミゾカクシなどの生育が確認されています。今回公表された調査結果では596 種の維管束植物、179種のコケ植物、142種の藻類の分布が確認されており、その中には環境省または沖縄県のレッドデータブックで絶滅の恐れがあると判定された種が、維管束植物で 52 種、コケ植物で 29 種、藻類で 14 種含まれています。さらにカンアオイ属の新種、オニノヤガラ属の新種、新種の可能性のある苔類が事業地域内から確認されていることは、この地域が「ヤンバルの森」とも異なる高い学術的価値をもつことを示しており、建設予定地一帯が「ヤンバルの森」はもとより、琉球列島の植物相の特性を語るうえで欠くことのできない重要な地域であることが明らかになっています。今後も調査や研究が進めば、この地域の学術上および保全上の価値は一層高まるものと予想されます。
キャンパスとその進入道路の建設は、上記の貴重種の生育環境を消失させるばかりでなく、必然的に森林伐採や赤土砂の流失を伴ないます。森林伐採については、実際の伐採面積よりはるかに広い範囲に影響を及ぼすものであり、今回の事業によってさらに大きな影響が予想されます。また、赤土砂の流失は、流失自体が問題であるばかりでなく、流失した赤土砂が谷に流れこんで広い範囲を汚染し、生物の生存を脅かすものです。自然林の林内や渓流沿いの岩上などに生育しているツルカタヒバ、カンザシワラビ、クニガミサンショウヅル、コバノミヤマノボタン、オオサンショウソウ、ミヤマシロバイ、オオシロショウジョウバカマ、ホンゴウソウ、ヒナノシャクジョウ、シロシャクジョウ、アオジクキヌランなどの生育環境を悪化または消失させる恐れがあります。このように今回の事業は、ヤンバルやこの地域に限られる植物種の絶滅を引き起こす可能性が高く、世界的にも特異性の高い貴重な「ヤンバルの森」の植物相、さらには琉球列島の植物相の特性を大きく損なうものといわざるを得ません。
植物分類学、植物地理学の研究を通じて、長年にわたって日本列島の生物相の保護に取り組んできた日本植物分類学会は、「ヤンバルの森」は日本が世界に誇るべき貴重な自然遺産であり、これを健全なかたちで次代に引き継いでゆくことはまさに国家的な課題であり責務であると考えます。従って、世界最高水準や柔軟性を基本理念として掲げている科学技術大学院大学の建設計画に関しまして、「ヤンバルの森」の生物相の特徴が損なわれることのないように、「世界最高水準」の自然保護対策を実施するとともに、計画の縮小や集約化、影響のより少ない場所への変更などを含めた全面的な見直しを強く要望いたします。