南日本・西日本における絶滅危惧植物保全のためのシカによる植食の防止に関する要望書

環境大臣 鈴木俊一 殿

林野庁長官 加藤鐵夫 殿

鹿児島県知事 須賀龍郎 殿

宮崎県知事 松形祐堯 殿

熊本県知事 潮谷義子 殿

奈良県知事 柿本善也 殿

日本植物分類学会では絶滅危惧植物・移入植物専門第一委員会(井上健委員長)を設け,日本の野生植物の現状を調査し,その絶滅リスクの程度や絶滅リスクの要因について調べています。調査結果および日本各地の植物専門家との情報交換より,シカの植食(食害)が絶滅危惧植物を含めた多くの植物種の重要な減少要因であることが明らかになっています。

シカの個体数が極端に増加した地域では,シカの食物になる植物はほとんど食べ尽くされてしまう現象が見られます。とくに西日本~南日本を中心に植生破壊が広がっており,シカの植食により絶滅が心配される植物が多くなっています。シカの植食により絶滅が危惧される植物または個体群は,以下の地域で特に著しいことが確認されました。

  1. 鹿児島県屋久島では1970年頃には普通に見られたヤクイヌワラビやヤクシマタニワラビ(ともに絶滅危惧IA類)がほとんど見られなくなりました。コスギイタチシダも激減しました。シマヤワラシダ,シマヤマソテツ,アオイガワラビ,タイワンヒメワラビ,ホウライヒメワラビなど(絶滅危惧IA類),日本では屋久島にのみ生育するものも激減しました。
  2. 宮崎県ではえびの高原の天然記念物のノカイドウが稚樹の植食のため絶滅が危惧されています。霧島山系御池ではキリシマイワヘゴが絶滅したと思われ,タヌキノショクダイやキリシマタヌキノショクダイ(共に絶滅危惧IA類)が確認できない状況です。また,世界遺産申請中の綾の照葉樹林の林床植物はほとんどなくなり,ヤクシマラン(絶滅危惧II類)・ホンゴウソウ(絶滅危惧IB類)などの絶滅が懸念されています。
  3. 熊本県市房山では,林床植物が食べ尽くされ,南限のキレンゲショウマが現在確認できていません。また脊梁山地に群生していたキレンゲショウマやヤマトグサも激減し,ほとんど見られなくなりました。
  4. 奈良県大台ヶ原・大峰山系ではコウモリソウ(近畿地方では,大峰山系のみに分布,分布南限),オオダイトウヒレン(近畿地方での分布は局所的),ミヤマトウヒレン(大峰山系と四国に隔離分布)が激減しています。

上記の例が報告されたそれらの県では,特に絶滅危惧植物種を保全するため至急対策を講じる必要があると思われます。

絶滅危惧植物種をシカの植食から保全するためには,長期的な対策と緊急避難的な当面の対策が考えられます。長期的な対策として,シカの個体数調節,シカの食料となる他の植物資源の確保など総合的に問題の解決を図る必要性があります。緊急避難的な対策として,絶滅危惧植物種をシカから隔離することが考えられます。そのためには絶滅危惧植物種の生育地または最近まで生育地だった場所に柵を設置し,シカを排除することが望ましいと思われます。

また,特定の絶滅危惧植物に限らず,大台ヶ原や屋久島のように隔離分布種や南限分布種が集中する地域では,植物相そのものの保全が重要です。このような地域では,柵の設置によってシカの植食を排除した自生地の確保が必要と考えられます。柵は大面積のものは必ずしも必要でなく,小面積のものを多数設置する方が大きな効果があります。

緊急に柵を設置し,シカの食害から保全すべき植物種と地域は以下の通りです。関係機関におかれては速やかに審議し,対策を講じられることを要望いたします。

  • ヤクイヌワラビ,ヤクシマタニワラビなど(鹿児島県屋久島)
  • ノカイドウ,キリシマイワヘゴ,キリシマタヌキノショクダイ,ヤクシマランなど(宮崎県霧島山系および綾の地区)
  • キレンゲショウマなど(熊本県市房山および脊梁山地)
  • コウモリソウ,オオダイトウヒレン,ミヤマトウヒレンなど(奈良県大峰山系および大台ヶ原)

2003年3月31日

日本植物分類学会 会長 加藤雅啓