北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設事業(仮称)に係わる環境影響評価図書案」に関する意見書
平成 18年3月25日
那覇防衛施設局長 佐藤 勉 殿
日本植物分類学会 会長 邑田 仁
「北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設事業(仮称)に係わる環境影響評価図書案」に関する意見書
那覇防衛施設局の「北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設事業(仮称)に係わる環境影響評価図書案」に関して下記の通り意見書を提出します。
今回の事業で沖縄島北部のいわゆるヤンバル地域の福地川・宇嘉川・新川川流域の計6ヶ所に直径 75m のヘリパッドを建設(移設)し、これに付随して総延長約 1.5km の進入道路を建設する計画が広告縦覧されました。2002 年に公表された「北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設に係る継続環境調査検討書」と比べると、事業計画の規模や内容が多少変更されているものの、事業の実施が生物相や生態系に与える影響は依然として重大だと思われます。この一帯は特異な生物相を誇る「ヤンバルの森」の中でも、固有植物種や国内での自生地が限られる植物種が集中するきわめて重要な地域であり、当学会としては移設計画の全面的な見直しあるいは大幅な計画の縮小を要望します。
琉球列島はアジア大陸の東縁に位置し、地質時代を通じて何度も大陸とつながったり離れたりした特異な地史をもつため、大陸から渡ってきた生物が取り残されたり、新たな進化をとげたりして、世界中でもここだけにしかみられない数多くの動植物が分布しております。その琉球列島の動植物相の中核的な位置を占めるのが沖縄島北部に広がる「ヤンバルの森」です。
「ヤンバルの森」は、オキナワジイとオキナワウラジロガシを主体とする世界でも稀な亜熱帯雨林ですが、そのなかでも建設予定地一帯は山地から海岸まで連続した植生がよく保たれ、「ヤンバルの森」本来の、大径木の多い成熟した林分や、海岸段丘上の風衝地に発達する低木林が見られる地域です。図書に掲載されたリストの中には、環境省または沖縄県のレッドデータブックで絶滅の恐れがあると判定された種が、維管束植物で 101 種、コケ植物で 31 種、藻類で 2 種含まれています。このうちの 2 種は種の保存法で指定された国内希少種であり、16 種は「ヤンバルの森」の固有種(亜種・変種を含む)であり、建設予定地一帯が「ヤンバルの森」はもとより、琉球列島の植物相の特性を語るうえで欠くことのできない重要な地域であることが明らかになっています。今回公表された調査結果では 776 種の維管束植物、290 種のコケ植物、184 種の藻類の分布が確認されていますが、その中にはウスギムヨウランやアワムヨウラン等の沖縄県新記録種が含まれており、今回の図書のリストには欠けているものの、事業地域内からは未記載のヤンバル固有種が確認されていることから、今後も調査や研究が進めば、この地域の学術上および保全上の価値は一層高まるものと予想されます。
ヘリパッドや進入道路の建設は、必然的に森林伐採や赤土砂の流失を伴ないます。森林伐採については、実際の伐採面積よりはるかに広い範囲に影響を及ぼすものであり、たとえば事業地域に隣接する国頭村美作の沖縄やんばる海水揚水発電所周辺では、進入道路と施設周辺の林縁部分からの森林の枯れ込みと荒廃が進んでいることから、今回の事業によってさらに大きな影響が予想されます。また、赤土砂の流失は、流失自体が問題であるばかりでなく、流失した赤土砂が谷に流れこんで広い範囲を汚染し、生物の生存を脅かすものです。上記の絶滅の恐れのある植物の多くは自然林の林内や渓流沿いの岩上などに生育しているため、ヘリパッドや進入道路の建設はヤンバルフモトシダ、オオギミシダ、クニガミヒサカキ、コバノミヤマノボタン、タイワンアサマツゲ、シマイワウチワ、オキナワヤブムラサキ、ヤナギバモクセイ、クニガミシュスラン、オキナワセッコク等の自生地を消失させる恐れがあります。また、渓流沿いに限って生育するヒメミゾシダ、コケタンポポ、アオヤギバナ、オオシロショウジョウバカマ、コショウジョウバカマ、クニガミトンボソウ等の生育に悪影響を与える恐れがあります。また、供用開始後の軍事演習によっても、これらの種を始め、ヤンバルでは本地域でしか確認されていないハマエンドウ、コウラボシ等も生存を脅かす影響を受けることが危惧されます。このように、ヘリパッドや進入道路の建設ならびに供用後の軍事演習は、ヤンバル固有の植物種や国内での自生がヤンバルに限られる植物種の絶滅を引き起こす可能性が高く、世界的にも特異性の高い貴重な「ヤンバルの森」の植物相、さらには琉球列島の植物相の特性を大きく損なうものといわざるを得ません。
植物分類学、植物地理学の研究を通じて、長年にわたって日本列島の生物相の保護に取り組んできた日本植物分類学会は、「ヤンバルの森」は日本が世界に誇るべき貴重な自然遺産であり、これを健全なかたちで次代に引き継いでゆくことはまさに国家的な課題であり責務であると考えます。従って、今回のヘリパッド移設計画に関しまして、「ヤンバルの森」の生物相の特徴が損なわれることのないように、計画の縮小や影響のより少ない場所への変更などを含めた全面的な見直しを強く要望いたします。